無駄遣いしないこと

先日の黒沢秀樹氏の「南青山通信」。一言でまとめると、「戦争をなくす→まずは個人個人のいざこざ、怒りをなくしていくこと」だったのではないでしょうか?そして地球環境問題について同様の意見がありましたのでご紹介します。

Q 地球環境問題をどう解決すればいいのか?
A 個々人が「一人分」を意識して無駄遣いしないことです。

大分での質疑応答:一分単位の「損得勘定」で心が育つ(Dhammacast)

本質的に同じだなぁと思いました。以前、自分はあまりに視点を大きくして、あれこれと考えたこともありました。しかし、地球規模で戦争とか環境とかいっても自分にできることはほとんどありません。まずは個人ができることをやる

とても現実的だと思います。

嫁姑問題

前回に引き続きの興味深い説法をご紹介。

Q 嫁姑問題はなぜ起こるのでしょうか?夫はどう対応すればいいのでしょうか?

A 女性は、男性と性格がものすごく違うんです。女性は命を育てるものだから、我々男よりかなり執着がある。これは生命を育てるためについている性格です。価値観もそこで見る。命を育て守るということで価値観をつけている。だから執着も強いのです。夫が家を建てても、そこは奥さんが支配する。子供のためには夫の部屋もつぶしてしまう。そこに「私が育てているものであって、私が心配しないと大変だ」という価値観が入っている。そこに同じ価値観のお嫁さんが入ってくるから、対立が起こるのです。嫁姑問題とは、家のなかの命の支配権をめぐる対立です。財産を渡したくないとか何とか二次的にはあるけど、息子の命を任せてたまるか、という心配です。表面的には恐ろしく見えますが、裏に見える命を大切にするという心を復活させてあげないといけません。

仏教の国であるスリランカでは、最初から嫁姑の問題がないのです。姑さんはお嫁さんを「娘をもらう」という気持ちで迎え入れるんです。「家に新しい娘さんが来るんだ」と、本気でそう思うんです。最初から、「息子はあっちに行きなさい」という感じで、嫁さんと仲良くする。そこで女二人でグループを作ってしまう。嫁は最初はお手伝いさんです。だから、いっぺんに姑の立場がなくなる事はない。お嫁さんは徐々に体力がなくなっていく姑さんを助けてあげる。そうすると姑さんも、自由を感じるんです。そうやって、仏教的にアプローチしたほうがいいと思います。日本では、相手を敵にして、「ライバルが現れた」という態度をとるんだから、最悪だと思います。最初に間違えると、ずーっと不幸が続くんです。敵同士のように思っていた相手を介護したりされたりするのだから、お互いに最悪でしょう。最初から、「娘」にしておけば、いかに幸せか。……

具体的なアドバイスはケース・バイ・ケースです。(息子が)母の面倒を見ることは義務です。結婚した人も他の家族からもらった生命だからとことん面倒見てあげないといけない。だから、どちらかと比較できません。お嫁さんとお母さんを比較して天秤に立てることはできないのです。どうしても、いろんなケースが起きます。落ち着くまでは亭主関白的に厳しい態度をとったほうがいいかも知れませんね。

嫁姑問題といえば、「渡る世間は鬼ばかり」でしょうか(笑)日本のよくあるケース?をモデルにおもしろおかしくドラマ化してるのかと思いますが、現実だったら最悪?なのかも知れませんね。最初の考え方が大切だということのようです。

引用元:最高の心とは?/嫁姑問題はなぜ起こる?他(Dhammacast)

しつけ

なかなか納得の興味深い説法がありましたので、引用させていただきます。

問 3人の子供がささいなことで物の取り合いをして、困っています

答 子供たちに、「取り合うのではなく、助け合うことがかっこいいんだ」と、「いつでも自分の兄弟を助けてあげなさい」と、そう呪文のように教えてあげてください。子供はお母さんの言うことは一回言っても聞かないんです。何回も何回も繰り返して言わないといけない。それで、ちょっと分かち合う姿を見たら、その場で、その瞬間でちょっと評価してあげたりすること。

しつけは、問題が起きたその瞬間にするのです。「取り合うのは鬼だ」と。それから裁判官みたいにね、「自分は子供3人を平等に大事にしています。でも取り合いしたり、けんかするたびに気持が減りますよ。誰が一番愛されているか、自分で考えてください」と言うのです。そうやって何回も何回もやると、子供たちも兄弟は助け合うものであると、理解していきますよ。そういう工夫が必要です。生れ付きの性格だったら、あとで困りますから。母親の仕事は、子供が持ってきたその性格を見て、よい方向に持っていくこと。生れ付き性格が悪くても、別にかまいません。

また、子供は親を見て育つとも。言葉で教えるのはもとより、常に親が実践していることが大切だということです。よく覚えておきたいものです。

引用元:最高の心とは?/嫁姑問題はなぜ起こる?他(Dhammacast)

思考はデータの範囲内で

仏教を学んでいて非常に納得の記述があったのでまとめてみます。

「思考はデータの範囲内で」という題目で、テレビのワイドショーやニュース番組の解説が、いかに思考がおかしく、間違っていて、好き勝手なことを言ってるケースが多いのかと述べています。

ニュースで言ったからと鵜呑みにするのではなく、情報を受け取る側の私たちが、データを元に言っているのか、データをどのように解説しているのかと考えることが大切、とのことです。

また、下記のサイトの最後ではこうまとめられていました。

勝手な判断を加え、断定することは非常に危険です。何かを言う場合、断定的ではなく、『私の知っている範囲ではこうだ』と言う。「私の知っている範囲では」と一言加えて言うだけで、真理を守ったことになります。

感情の「苦」と真理の「苦」

会話をする上で自分の発言に、とても参考になりました。

「仏教的」経営コンサルティング

下記サイトより引用いたします。

日本の企業には不自然、アンバランスというものがよく見られるのです。我々は自然法則を壊しているのですが、自然法則を壊したら確実に負け。わたしたちが「自然」そのものだからね。

冷静に、常に明るく、笑顔を絶対に絶やさないこと。儲けるコツは、明るさにあるんです。人はどうせ何かを買うなら、明るい人から買いたいんです。

経営者が管理できるのは「(社会のために)してあげる・貢献する」セクションです。「貰う」セクションは管轄外なのです。貢献主義で正しく仕事すれば、「貰う」ものは、法則でついてくるもの。どんな業種であっても、この法則は同じことです。

[Dhamma]「仏教的」経営コンサルティング

ブとタのあいだ

ブッダ関連の書籍をよく読んでいますが、これは先日本屋さんでみつけた4コマ漫画付きの本。言っていることはやはりブッダだけにだいたいは同じようです。

苦しみとは何か。何かと比較、評価したがるこころの癖。既成概念のしばりを少しゆるめて、視点をかえたりと、こころのしくみを知って、準備をしておくとダメージは少ないとのことです。

とても軽く読める本でした

ブとタのあいだ

仏陀の教えより

仏陀の教えから、少しこむずしい内容をば。

「心とは何か?」

ずばり感覚だそうです。理由は、見たり、聞いたり、触れたりという感覚から、すべての思考が始まるからです。よって、感覚がある動物には心があり、感覚がないため建物や車には、心はありません。また、植物には感覚があるのかはわからないので、心もあるかわからないそうです。

「生きるとは?」

人間はなぜ動くのかというように、少し問いを変えて答えていらっしゃいます。その答えはずーっと止まってると苦しいから。確かにずーっと同じ格好で座っているとおしりや足が痛くなったりして、立ち上がりたくなります。しかし同様に、ずーっと立っていると座りたくなります。心臓も絶えず動いています。止まれば死にます。

生きるとは動くことだそうです。そして動く理由は、止まっていると苦しいから。生きるということは苦しみから常に逃れることになります。かっこいい理由なんてないようです。死んでもまた生き返るという輪廻転生は、ひどい苦しみです。手塚治虫の火の鳥にも、死ねない人のストーリーがあったっけか。。。

覚王山日泰寺

前の仕事でお世話になった方から電話をもらい、ひょんなことから日泰寺の話題になりました。20数年間過ごした、実家のすぐそば、母校の小・中学校の学区内にあるお寺さんです。

まあ有名そうだったし、毎月21日には弘法さまの縁日ということで、じいちゃんばあちゃんが大勢参拝に来て、ごった返していたことは覚えています。

しかし知識的にはその程度。その人から、日泰寺にはお釈迦さんの骨が奉られていることを聞いてかなりびっくりしました。ネットで調べてみると、確かにその通り。日泰寺という名前も、日本タイのお寺ということだそうです。ほぇ~。

覚王山の町のページを見ていたら、お釈迦さんの誕生日は4月8日なんだそうな。2日後ということでこれまたびっくり!

覚王山日泰寺
覚王山日泰寺の歴史(タイ大使館)
覚王山.com

リトル・ブッダ
今度レンタルしてみようと思います。

説法

今年は通勤でのんびり歩くというスタイルがとても気持ち良い時間でした。電車では読書がたくさんできました。

歩きながら聞いた仏教のお話では、人間の心というものがいかにもろくてだめなものかが自分に照らし合わせてもよくわかった気がします。

自分の記憶にとどめる意味も込めて、おもしろかった説法を1つご紹介♪

例えば、ご飯を食べてお腹いっぱいになるのは気持ち良いですが、お腹がいっぱいになったらもう食べたくありません。眠るのは気持ちいいですが、ずっと寝ていることはできません。お腹が減ったり、眠いときに行動を起こします。

気持ちよい感覚の前後には必ず、嫌な感覚があるということです。その嫌な感覚を違う感覚で打ち消し続けているという視点は、妙に納得できました。

[Dhammacast] 感覚は苦である

シッダールタ

友人から聞いた「ヘルマン・ヘッセ」というドイツの小説家の本を探していたら、興味深いタイトル「シッダールタ」という本をAmazonで発見しました。早速会社の帰り道に購入。新品でも362円とお買い得の文庫本でした。

最近読んだ、手塚治虫の「ブッダ」とはまた違った見方でのブッダでありました。しかし読み終えた後のすがすがしさは小説では久しぶりです。今はブックオフでみつけた「車輪の下」を読んでいます。さらに、、、ヤフオクで「ドラゴン桜 全16巻」もゲットしてしまいました。。。

ドラゴン桜 (16)